テレビを買って、NetflixやYouTubeを見たり、ゲーム機をHDMIでつないだりする。
少し前なら、それだけの家電でした。
現在のスマートTVはかなり違います。インターネットにつながり、アプリを動かし、広告を表示し、音声認識などの機能も備えています。
2026年9月、そのスマートTVのプライバシーとセキュリティをめぐってLG製テレビが注目を集めました。
きっかけは、PCハードウェアなどの検証で知られるGamers Nexusが公開した「216,000,000 Spy TVs | The LG Smart TV Problem」という調査動画です。
Gamers NexusはLevel1Techsや独立系セキュリティ研究者らとともに複数のLG製テレビを調査し、ACR(Automatic Content Recognition)による視聴情報の認識、家庭内ネットワーク上の機器を検出する挙動、音声機能、セキュリティ上の問題などを取り上げています。
かなり刺激的な動画タイトルですが、最初に範囲を整理しておきます。
「216,000,000」という数字は、研究チームが2億1600万台のテレビを実機検証したという意味ではありません。Gamers Nexus自身も、調査結果について「The LG Smart TVs we’ve tested」と、テストしたLG製テレビに範囲を限定しています。
この記事でも、第三者調査で報告された挙動をLG製スマートTV全体へそのまま一般化せず、調査対象モデルについて確認された内容として扱います。
そして今回、技術的な調査内容と同じくらい話題になった言葉がありました。
we own the glass
「we own the glass」は何を意味していたのか
Gamers Nexusの動画には、LGの広告事業に関係する複数の幹部が「we own the glass」や「we own the TV」といった表現を使う場面が紹介されています。
これは、購入したテレビの法的な所有権をLGが持っているという意味ではありません。
広告事業の文脈では、テレビ画面という広告接点を自社が持ち、そこから得られる視聴情報を広告ビジネスへ活用できる強みを表す言葉として読むのが自然です。
ただ、利用者側から見ると印象はかなり変わります。
自分がお金を払って買ったテレビの画面が、メーカーの広告事業では継続的な広告接点として語られている。この認識のずれが、言葉そのものへの反発につながりました。
実際、「We Own the Glass」という風刺サイトまで登場しています。
このサイトは、テレビ画面に歴史上の抵抗や反乱を描いた画像を表示するものです。ACRを停止させるツールではなく、「画面を解析するなら、これでも見ていてくれ」といった抗議・風刺に近いものです。
ACRはテレビに映っているものを認識する
ACRはAutomatic Content Recognition、自動コンテンツ認識の略です。
テレビで表示・再生されている映像や音声の特徴を使ってコンテンツを識別し、番組や広告の認識、視聴傾向の分析、広告効果の測定などに利用できます。
LGがACRを利用していること自体は、今回初めて明らかになった秘密ではありません。
LGは2022年、LG Ads SolutionsのACR技術を欧州、アジア太平洋、ラテンアメリカなどを含む27カ国へ展開すると公式に発表しています。
Netflixなどの視聴履歴と違うのは、ACRがテレビ側で動く点です。
Netflixなら、Netflix自身が自社サービス内で何が再生されたかを把握できます。
ACRはテレビに表示されているコンテンツを認識する仕組みなので、テレビ内蔵アプリに限らず、HDMIなどで接続した外部機器から映しているコンテンツも対象になり得ます。
テレビが単なる表示装置ではなく、画面上で何が起きているかを認識できる装置になっている。ここがプライバシーを考えるうえで大きな違いです。
ACRをめぐってLGはテキサス州と和解している
ACRによる視聴データの扱いは、2026年9月のGamers Nexusの動画で突然問題になったわけではありません。
米テキサス州司法長官は2025年12月15日、LG、Samsung、Sony、Hisense、TCLの5社を、ACRを使った視聴データ収集の方法をめぐって提訴しました。
州側は、利用者への十分な説明や同意なしにACRによるデータ収集が行われていたと主張しています。
この点は慎重に読む必要があります。州側がそう主張したことと、裁判で違法性が確定したことは同じではありません。
Samsungについては2026年2月26日に州側との合意が発表され、LGについても同年5月11日、テキサス州司法長官がLG Electronics U.S.A.との和解を発表しました。
州司法長官の発表によれば、LGはACRを使って視聴データを収集する際、利用者から十分な説明に基づく同意を得る仕組みを設けることになりました。
テレビ上で視聴データの収集・利用について説明し、利用者が簡単にオプトアウトできるようにすることも合意内容に含まれています。
合意には、視聴データを中国共産党へ移転しないことも盛り込まれています。
ここから言えるのは、訴訟を経てLGと州側が合意し、ACRによる視聴データについて同意・開示・オプトアウトの仕組みを設けることになったというところまでです。
「LGが違法行為を認めた」と言い換えるのは行き過ぎです。
家庭内ネットワークの機器を検出する挙動も報告された
Gamers Nexusの調査では、ACR以外にも家庭内ネットワークに関する挙動が取り上げられています。
Malwarebytesがまとめた調査内容によると、研究チームはテスト対象となった複数のLG製テレビについて、スマートフォン、PC、プリンター、ネットワークスイッチ、スマートホーム機器など、同じローカルネットワーク上にある機器を識別する挙動を確認したと報告しています。
近隣のWi-Fiネットワークや、それに関連する情報も検出されたとされています。
ここから「テレビがPCの中身まで読んでいた」と進めることはできません。
ネットワーク上に機器が存在することを検出するのと、その機器に保存された個人データを読み取るのは別の処理です。
今回確認できる調査内容からは、LG製テレビがPCやスマートフォン内部のファイルなどを収集していたとまでは言えません。
問われるのは、スマートTVが家庭内ネットワークについてどこまで情報を取得し、それを何に使っているのかという点です。
利用規約への同意前にも外部通信があったと報告
調査対象となったテレビでは、利用規約への同意を完了する前にも外部通信が発生していたとGamers Nexusは報告しています。
日本のテクノロジーメディアinnovaTopiaも、LG G5などの検証について、利用規約へ同意せずHDMIモニターとして使っている段階で外部エンドポイントとの通信が確認されたと報じています。
ただ、通信しているという事実だけで、送信内容までは分かりません。
インターネット接続機器は、ソフトウェア更新の確認、ネットワーク接続状態の確認、時刻同期、サービスへの接続などでも通信します。
そのため、「同意前に外部通信があった」という事実から、「同意前に視聴データや個人情報を広告目的で送っていた」とまでは断定できません。
後者を確認するには、実際に送信された通信内容の解析が必要です。
マイクの話は「通常機能」と「攻撃シナリオ」を分ける
今回の論争で、もっとも誤解が広がりやすいのがマイクです。
Gamers Nexusと研究者らは、調査対象となったテレビのセキュリティ上の問題を利用し、侵害されたテレビからマイク音声を取得できることを示したと報告しています。
Malwarebytesによれば、画面がオフに見える状態で音声を取得できるケースや、インターネット接続がない状態で音声を保持し、接続復旧後に取得する実験も行われたとされています。
ただし、これはLGが通常状態のテレビを使って利用者の会話を常時録音していたという話ではありません。
LGは2026年7月にTechRadarへ寄せた声明で、LG製テレビは周囲の会話を収集、録音、保存していないと説明しています。
LG側の説明では、音声認識は任意の機能であり、利用者が機能を起動した場合に特定の要求を処理するため音声データを扱います。
一方、9月に研究者らが示したものは、セキュリティ上の問題を悪用してテレビを侵害した場合の音声取得リスクです。
通常の音声認識機能と、脆弱性を利用した攻撃シナリオを混ぜると、話がまったく違ってきます。
今回確認できた情報から「LGが利用者の会話を常時盗聴していた」と結論づけることはできません。
また、2026年9月のGamers Nexusによる今回の調査そのものについて、元記事執筆時点では新たなLG公式声明は確認されていません。今後説明や反論が公表された場合は、それも含めて評価する必要があります。
「Spy TV」はGamers Nexusによる評価でもある
Gamers Nexusは動画内で、一部の挙動を自分たちの意見として「スパイ行為に等しい」という趣旨で評価しています。
ここでも、技術的に確認したとする挙動と、その挙動を何と呼ぶかは分けて読む必要があります。
パケット解析やファームウェア解析で研究チームが確認したとする内容は第三者調査として紹介できます。
一方、それを「スパイ行為」と呼ぶかどうかはGamers Nexus側の論評です。
動画タイトルの「Spy TVs」も同様で、LG製スマートTVが法律上または技術上すべてスパイ装置だと認定されたことを意味しません。
ACRや広告関連の同意は設定から確認できる
LGは米国向けサポート情報で、基本的なスマートサービス利用規約とは別に、視聴情報、音声情報、パーソナライズ広告などに関する同意項目があり、これらは任意だと説明しています。
NetflixやYouTubeなど基本的なスマートTVサービスを使うために、すべてへ同意しなければならないという説明ではありません。
ただし設定項目や名称は、地域、モデル、ソフトウェアバージョンによって異なる可能性があります。
自分のテレビについて確認したい場合は、実際のプライバシー設定やユーザー同意画面を見るのが確実です。
2026年5月のテキサス州との合意も、こうした同意プロセスをより明確にする方向の内容になっています。
ACRはLGだけが使っている技術ではない
今回LGが大きく注目されましたが、ACRはLGだけの技術ではありません。
テキサス州司法長官が2025年12月に起こした訴訟の対象も、LGだけではありませんでした。
- Sony
- Samsung
- LG
- Hisense
- TCL
この5社が対象となっています。
Samsungは2026年2月26日に、LGは5月11日に、それぞれテキサス州側との合意が発表されました。
スマートTVの視聴データを広告や分析へ活用する仕組みそのものが、業界全体に広がってきた背景があります。
今回LGが目立ったのは、Gamers NexusらがACRだけでなく、ネットワーク上の挙動、音声機能、ファームウェア、セキュリティ上の問題、広告事業までまとめて調べたためです。
スマートTVはもう「画面が大きなテレビ」ではない
今回の話を「LGのテレビが盗聴していた」と一文でまとめると、実際に確認された情報からかなり離れてしまいます。
ACRは通常機能として提供されています。視聴データの同意方法は法的な争点になりました。家庭内ネットワークに関する挙動は第三者調査で報告されています。音声認識についてはLG側の通常機能の説明があり、それとは別に、研究者が脆弱性を悪用した攻撃シナリオを示しています。
一つの「監視問題」にまとめるより、それぞれを分けて見たほうが実態をつかみやすくなります。
それでも、一連の騒動から見えるものがあります。
今のスマートTVは、テレビ放送を映すだけの機械ではありません。
OSを持ち、アプリを動かし、ネットワークにつながり、広告を表示し、さまざまなデータを処理するコンピューターです。
メーカー側にとっては、製品を一度販売して終わるだけでなく、その後もサービスや広告を提供できるプラットフォームでもあります。
「we own the glass」が強い反発を受けたのは、この構造をあまりにも直接的に表してしまったからなのかもしれません。
誰がテレビの物理的な所有者か、という話ではありません。
自分が購入した画面の上で、どんなデータが取得・利用され、その範囲を自分でどこまで把握して選べるのか。
スマートTVがコンピューターになった以上、画質や音質と同じようにプライバシー設定も確認する時代になっています。
よくある疑問
LG製テレビは見ている映像をすべて録画しているのですか?
この記事で扱ったACRは、表示されている映像や音声の特徴を使ってコンテンツを識別する技術です。今回確認した情報だけから、テレビ画面を動画として常時録画・保存していると判断することはできません。
LG製テレビは部屋の会話を常時盗聴しているのですか?
今回確認できた情報から、そのようには言えません。LGは周囲の会話を収集・録音・保存していないと説明しています。一方、研究者らはテレビが侵害された場合にマイク音声を取得できる攻撃シナリオを報告しています。この二つは分けて考える必要があります。
ACRはLGだけの機能ですか?
いいえ。テキサス州司法長官がACRによる視聴データの扱いをめぐって提訴した対象には、LGのほかSamsung、Sony、Hisense、TCLも含まれていました。
参考・参照元
- Gamers Nexus「216,000,000 Spy TVs | The LG Smart TV Problem」(2026年9月)
- Office of the Attorney General of Texas「Attorney General Paxton Sues Five Major TV Companies, Including Some with Ties to the CCP, for Spying on Texans」(2025年12月15日)
- Office of the Attorney General of Texas「Attorney General Paxton Secures Major Agreement with Samsung to Ensure that Texans are Protected from Smart TVs Collecting Their Data Without Their Knowledge」(2026年2月26日)
- Office of the Attorney General of Texas「Attorney General Ken Paxton Secures Major Agreement With LG to Protect Texans’ Privacy and Stop Data from Being Collected Without Their Knowledge」(2026年5月11日)
- LG Electronics「LG Smart TVs Get a New ACR Solution, Legacy Technology Replaced by LG Ads Solutions」
- LG Smart TV Privacy Policy / Viewing Information Agreement
- LG USA Support「Seeing a User Agreements screen on your LG TV?」
- Malwarebytes「LG TV flaws could let attackers listen in, even in standby mode」(2026年9月7日)
- TechRadar「LG TVs collect far more data on you than you’d expect, says new report」(2026年9月)
- TechRadar「LG’s gaming monitors and TVs are facing a user revolt」(2026年7月)


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