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AIは人間のふりをして、どこまで人を騙せるようになったのか

AIが人間そっくりの顔や声を作れるようになった。

そう聞くと、「本物と見分けがつかないディープフェイク」が最大の問題だと思うかもしれません。

しかし、実際に起きているAIなりすましを見ると、もっと厄介な構造が見えてきます。

AIは、一人の人間を丸ごと再現できなくても、人を騙せます。

文章はAI。

プロフィールには実在人物の経歴。

写真は盗用したもの。

ライブのビデオ通話だけ別の人間。

技術的な質問への回答は別のAI。

こうした要素を組み合わせても、相手から「一人の人間」に見えれば、なりすましは成立します。

2026年4月には、中国を拠点とするアプリ開発企業が運営する20以上の出会い系アプリで、4700を超えるAI人格が利用者と会話していたことをAnthropicが確認しました。

同年3月には日本でも、実在するエンジニアの氏名・経歴・外見を使ったオンライン面談が確認されています。

さらに9月には、都内企業の中途採用面接でもAI利用が疑われる応募者が現れ、声と口の動きや会話の不自然さが報道されました。

ここで問題になるのは、単に「AIが本物そっくりになった」ことではありません。

私たちが「この人は本人だ」と判断するときに使ってきた材料を、それぞれ別々に偽装できるようになったことです。

目次

結論|AIは人間を丸ごと再現しなくても、なりすましできる

現在確認されている事例を見る限り、AIが文章、顔、声、知識、行動のすべてで人間と区別できなくなる必要はありません。

苦手な部分は人間に担当させればいい。

すでに存在する本人情報を使ってもいい。

回答だけAIに作らせることもできます。

つまり、

  • Identity:誰なのか
  • Capability:誰の能力なのか
  • Continuity:面接から勤務まで同じ人物なのか

を一つずつ分離できます。

このため、これからの本人確認では「顔が本物か」「声がAIか」という一項目だけでは足りません。

名前、経歴、顔、声、端末、アクセス元、能力、行動が、本当に同じ一人の人物へ結び付いているのか。

そこまで確認する必要が出てきています。

4700超のAI人格が出会い系アプリで会話していた

この構造が非常に分かりやすく現れたのが、Anthropicが2026年9月に公表したGTG-15001です。

中国を拠点とするアプリ開発企業が、20以上の出会い系アプリを運営していました。

Anthropicによれば、2026年4月の2週間だけで、4700を超える異なるAI人格が少なくとも2万5000人と会話しています。

Claudeが生成したメッセージは約236万件。

しかもマッチング画面に表示される相手の約75%がAI人格で、残る25%は実在する人間でした。

このネットワークの特徴は、AIだけで完結していなかったことです。

実在する人間もサービスへ組み込まれていました。

人間側は、利用者が相手をBOTではないかと疑ったときのライブビデオ通話や、SNSでのフォローなどを担当していました。

さらに、その人間が送るメッセージの一部にも別のAIモデルが使われていました。

この事例を含むAnthropicの2026年9月版脅威情報レポート全体については、Anthropic脅威情報レポート2026年9月版を読み解くで詳しく整理しています。

AIが偽造しているのは「人間だと信じるための材料」

オンラインで相手が本人かどうかを判断するとき、私たちは一つの情報だけを見ているわけではありません。

プロフィールの名前と経歴。

写真。

ビデオ通話の顔。

声と口の動き。

会話の自然さ。

SNS上の履歴。

これらが互いに矛盾しなければ、「この人は実在する一人の人物だ」と受け取りやすくなります。

GTG-15001では、その組み合わせが分業されていました。

Claudeは大量の会話を担当します。

人間のギグワーカーがライブ映像やSNS確認を担当します。

別のAIモデルが人間側の返信も支援します。

この方法なら、AIが人間のすべての能力を再現する必要はありません。

動画が弱ければ人間を出す。

文章はAIへ任せる。

画像が必要なら別の生成AIを使う。

個々のAIの弱点を、システム全体で補うことができます。

4人に1人が人間でも、大量の偽人格を維持できる

人間だけで長時間の会話を担当するなら、偽人格を増やすほど多くのオペレーターが必要です。

会話の大部分をAIへ任せれば事情が変わります。

人間は、ビデオ通話やSNS対応など、AIでは対応しにくい場面だけを担当できます。

Anthropicが確認した2週間で236万件というメッセージ数は、このスケールの大きさを示しています。

生成AIが詐欺にもたらす変化は、単に「会話が自然になる」ことではありません。

一人の人間が維持できる偽人格の数を増やせることにもあります。

本人確認を増やしても、「同じ人物」とは限らない

チャットだけでは信用できない。

だからビデオ通話をしてもらう。

これは本人確認として自然な発想です。

しかしGTG-15001では、そのビデオ通話を実在する人間が担当していました。

画面に実在する人間が出てくれば、

「少なくともBOTだけではない」

とは確認できます。

しかし、

チャットしていた人物。

プロフィールに書かれた人物。

ビデオ通話に現れた人物。

この3人が同一人物であることまでは証明できません。

確認項目を増やすだけでなく、それぞれの情報が同じ主体へ結び付いているかを見る必要があります。

日本では実在するエンジニアになりすました面談も起きた

日本でも似た問題が起きています。

2026年3月4日、物流向けSaaSを手掛ける国内ベンチャー企業で、エンジニア職のカジュアル面談が行われました。

Business Insider Japanによると、履歴書に書かれていたのは実在するエンジニア、吉井健文さんの氏名と経歴でした。

オンライン面談に現れた人物も、同じ実名と外見を使用していたとされています。

企業側は、日本語能力と履歴書の内容が噛み合わないことや、映像の不自然さなどから疑いを持ちました。

実際の吉井さんへ確認すると、本人は応募しておらず、面談にも参加していませんでした。

ここでも、存在しない人物をゼロから作っているわけではありません。

実在人物の名前・経歴・写真という本物の情報を使い、足りない部分だけ別人や生成技術で補っています。

2026年9月にも国内企業で「AI応募者」が疑われた

さらに2026年9月、都内企業のオンライン採用面接でも、AIによるなりすましが疑われる応募者が確認されました。

報道によれば、応募者は流暢に職歴を説明していましたが、

  • 声と口の動きが一致しない
  • 視線が不自然
  • 会話の言葉遣いに違和感がある
  • 応募先企業の社名を正しく読めない

といった点から面接官が疑いを持ちました。

ただし、このケースについて外部から技術的に「どの生成AIやディープフェイク技術が使われたのか」まで確定しているわけではありません。

重要なのは、国内の採用現場でも「画面に映っている応募者が、本当に申告された本人なのか」を確認する問題が現実のものになっていることです。

採用では「本人」と「能力」を別々に確認する必要がある

採用では、もう一つ問題があります。

企業が確認したいのは、相手が本人かどうかだけではありません。

その人自身が、その仕事をこなせる能力を持っているかも確認します。

オンライン面接では、本人の顔を見ながら質問へ答えてもらうため、本人確認と能力確認を同時に行っているように見えます。

しかしAIが入ると、この二つを分離できます。

本人が画面に映っていても、回答を別のAIへ作らせることができます。

つまり、

Identity=誰が面接を受けているのか

と、

Capability=誰の能力を測っているのか

を別々に確認する必要があります。

Interview Coderは「本人のまま、回答だけAI」にした

この問題がそのままサービスになった例が、Cluelyの前身「Interview Coder」です。

Interview Coderは、ソフトウェアエンジニアのオンライン面接中にAIを動かし、コーディング課題などへの回答を候補者へ提示する仕組みでした。

共同創業者のRoy Lee氏は、このツールを使った面接をめぐってColumbia Universityから停学処分を受け、その後Cluelyとして事業化しています。

この方式では、顔は本人です。

声も本人です。

身分証も本人のものを使えます。

候補者本人がキーボードを操作することもできます。

しかし、答えを考える部分にはAIが入ります。

顔認証をどれだけ強化しても、この問題は防げません。

採用後には「同じ人物が働いているか」という問題も残る

さらにリモートワークでは、面接を通過すれば本人確認が終わるとは限りません。

北朝鮮系ITワーカーを追跡しているOkta Threat Intelligenceは、130を超えるアイデンティティを、2025年半ばまでに5000社以上で行われた6500件超の初回面接と関連付けています。

この6500件すべてがディープフェイク面接だったという意味ではありません。

Oktaが追跡しているのは、偽造・借用した身元情報などを使ってリモート職へ入り込もうとする活動全体です。

ここでは、採用後に別の人物が実際の作業を担当する可能性まで考える必要があります。

つまり、

  • Identity:面接しているのは誰か
  • Capability:能力を示しているのは誰か
  • Continuity:採用後も同じ人物が働いているか

という3段階になります。

多要素の本人確認でも「同じ主体」である必要がある

セキュリティでは、一つの認証だけに頼らず、複数の要素を確認する考え方があります。

オンラインの本人確認でも同じです。

写真。

声。

ビデオ通話。

SNS。

身分証。

複数の材料を確認すれば、安全性は高くなります。

しかし分業型のなりすましでは、それぞれに別の担当を割り当てられます。

チャットはAI。

プロフィール画像は生成画像。

ライブ通話には実在する人間。

質問への回答は別のAI。

この場合、個々の確認項目は本物でも、すべてが同じ人物へ結び付いているとは限りません。

認証要素の「数」だけでなく、「同じ主体から出ているか」が重要になります。

Arup事件では「知っている相手」の顔と声が使われた

なりすましの対象は、知らない人だけではありません。

2024年、英エンジニアリング大手Arupの香港拠点で、財務担当者が約2500万ドルを送金する詐欺被害が発生しました。

被害者は、CFOを含む複数の同僚が参加しているように見えるビデオ会議へ参加しました。

報道によれば、会議に登場した人物の映像や音声にはディープフェイクが使われていたとされています。

出会い系アプリでは、相手をもともと知りません。

Arup事件では逆です。

「知っている顔」「聞き慣れた声」という信頼材料そのものが偽造されました。

ディープフェイク検出だけでは止められない

AIなりすまし対策として、ディープフェイク検出は重要です。

しかし、それだけで今回紹介したすべての手口を防ぐことはできません。

たとえば、

顔の前で手を振ってもらう。

突然横を向いてもらう。

ランダムな動きを要求する。

こうした方法は、リアルタイム映像生成の弱点を突く方法です。

モデルが改善されれば効果が下がる可能性があります。

さらにGTG-15001では、ライブ通話に本物の人間を出せます。

Interview Coderでは、画面の人物そのものが本人です。

この場合、ディープフェイク検出システムが正しく「本物の映像」と判断しても、なりすまし全体を検出したことにはなりません。

必要なのは「選考全体」で同じ人物かを確認すること

Oktaが北朝鮮系ITワーカー対策として挙げているのも、一度の顔認証に頼らない方式です。

政府発行IDを複数の段階で確認する。

職歴や学歴を第三者サービスでも検証する。

申告所在地とIPアドレス、VPN、タイムゾーンなどを照合する。

給与口座なども確認する。

面接ラウンドが変わったときに、候補者が入れ替わっていないかを見る。

技術職なら、監督下でライブコーディングを行う方法もあります。

つまり、AIそのものを見破るというより、

異なる場所で取得した情報が最後まで同じ一人の人物へ戻ってくるかを確認する

という考え方です。

本物の情報も、偽人格の材料になる

生成AI以前から、なりすましでは他人の写真、履歴書、SNSアカウントが悪用されてきました。

生成AIが加わったことで、それらを一人の人格としてつなぐ作業まで自動化しやすくなりました。

実在する人物の名前と経歴を使う。

盗用した写真を使う。

会話はAIに任せる。

本人確認が必要になったときだけ別の人間を出す。

技術的な回答はさらに別のAIへ作らせる。

この場合、一つひとつの材料が本物か偽物かだけを調べても十分ではありません。

本物の材料を組み合わせて、偽物の人格を作ることもできるからです。

本人確認で見るべき対象が増えている

現在確認されているAIなりすましでは、AIが完全な人間になる必要はありません。

苦手な部分は人間に任せられます。

既存の本人情報も利用できます。

回答生成だけAIへ任せることもできます。

そのため、確認すべき対象は「顔が本物か」だけではなくなっています。

誰なのか。

誰の能力なのか。

採用後も同じ人物なのか。

表示されている名前、経歴、顔、声、端末、口座、アクセス元、行動履歴が、本当に同じ一人へ結び付いているのか。

生成AI時代の本人確認では、AIを検出することと同じくらい、情報同士のつながりを検証することが重要になります。

FAQ

ビデオ通話に本物の人間が出てきたら、本人確認できたことになりませんか?

画面に実在する人間がいることは確認できますが、プロフィールの人物、チャットしていた人物、ビデオ通話に現れた人物が同一人物とは限りません。AnthropicのGTG-15001では、AI人格を補うために実在する人間がライブ通話などを担当していました。

AIを使う採用候補者はすべて不正なのでしょうか?

いいえ。AI利用が認められている試験なら、AIを使って仕事を進める能力そのものを評価できます。一方、候補者本人の知識や思考過程をAIなしで測る試験で、AI支援を隠して利用すれば、企業が測っている能力そのものが変わります。

ディープフェイク検出を導入すれば防げますか?

ディープフェイク映像を使う手口には有効ですが、すべてのなりすましを検出できるわけではありません。実在する人間をビデオ通話へ出す方法や、本人自身が面接を受けながら回答だけAIへ作らせる方法では、映像の真偽判定だけでは防げません。

AIなりすまし対策で最も重要なのは何ですか?

一度の本人確認だけに依存せず、書類、面接、技術試験、入社、勤務開始後まで、同じ人物であることを複数の段階で確認することです。顔だけでなく、経歴、アクセス元、端末、能力、行動などの情報が一貫しているかを見る必要があります。

参考・参照元

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この記事を書いた人

AI・IT・テクノロジーの話題を中心に、気になったニュースや研究を一次資料までたどって調べています。

新しい技術を「すごい」「怖い」で終わらせず、何が起きているのか、なぜ注目されているのか、どこまで分かっているのかを、できるだけ前提から整理して書いています。

AI、サイバーセキュリティ、プログラミング、ハードウェア、そして技術が社会に与える影響が主なテーマです。
専門的な話でも、詳しい人だけのものにしないこと。分からないことは分からないままにせず、元の資料まで確認すること。
そんな姿勢で「柩のノート」を更新しています。

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